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東京高等裁判所 平成元年(ラ)102号 決定 1989年7月20日

抗告人 津根三郎

<ほか一名>

右抗告人ら代理人弁護士 守川幸男

主文

原決定を取り消す。

本件不動産引渡命令の申立てを棄却する。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消し、本件不動産引渡命令の申立てを却下する。」との裁判を求める、というものであり、その理由は別紙のとおりである。

そこで、検討するに、本件不動産引渡命令は原裁判所昭和六一年(ケ)第六六四号不動産競売事件について発せられたものであるところ、一件記録によれば、次の事実が認められる。

1  別紙物件目録記載(1)、(2)の建物外一棟の建物(以下、右各建物を本件(1)、(2)の建物といい、右建物全体を単に「本件建物」ともいう。ただし、(1)の建物については、別紙図面の一階のうち、プレハブ部分である左側の洋間四・五畳、押し入れ及び廊下の各部分(以下「本件プレハブ部分」という。)が右建物と一体となって本件競売の対象になっていたかどうかはともかくとして)について、昭和五九年一一月一三日付けで千葉東税務署による差押えの登記が経由され、次いで、昭和六〇年一月八日、市原市姉崎農業協同組合の申立て(昭和五九年(ケ)第九九九号)に基づき本件建物及びその敷地(以下「本件土地」という。)につき競売開始決定がなされ、右決定に基づいて同月一〇日差押えの登記が経由され、更に、原裁判所は、昭和六一年一月一四日、本件建物について担保権の実行としての競売を続行する旨の決定をし、これに基づいて競売手続を進めていたところ、昭和六一年九月一一日、本件建物について、先になされた競売開始決定に係る担保権とは別個の担保権に基づき再度右組合から競売の申立て(昭和六一年(ケ)第六六四号)がなされたため、同月一六日、競売開始決定をなし(二重開始決定)、右決定に基づいて同月一八日差押えの登記が経由されたこと、そして、右各競売事件についての競売手続が進められた結果、昭和六二年六月一日株式会社富士信に対する本件土地の売却許可決定が言い渡されて確定し、右買受人は買受代金を納付したこと、同年一二月三日、昭和五九年(ケ)第九九九号事件について本件建物に関する競売の申立てが取り下げられたこと、一方、昭和六一年(ケ)第六六四号事件において、昭和六三年四月一一日有限会社興栄不動産に対する本件建物の売却許可決定が言い渡されて確定し、右買受人は買受代金を納付したこと、

2  本件(1)の建物のうち一階青斜線部分については(本件プレハブ部分も賃借範囲に含まれるかはともかくとして)、松岡敏博が昭和六〇年一月一六日以降債務者である佐久間房子から、期間二年の約定のもとに賃借してスナック「赤煉瓦」を経営していたが、抗告人津根は、同年一〇月二〇日、右松岡から右賃借部分の店内備品及び商品並びに右松岡が自己の費用で建築した本件プレハブ部分とを合計二五〇万円で買い受けたうえ、同月二四日、佐久間房子から右青斜線部分を、賃料一か月八万円、期間二年と定めて借り受け、賃料については、佐久間房子が渡辺一吉に対して負担している約二〇〇万円の債務を自己が引き受け、右同額に満つるまで右賃料相当分を渡辺一吉に対して支払うこととしてこれを履行し、同所においてスナック「花れん」を経営し、二年経過後に期間の更新を経て今日に至っており、また、本件(1)の建物のうち右青斜線部分を除いたその余の部分は、抗告人三澤の弟である三澤隆が、昭和五八年頃以降佐久間房子から賃借したうえ、島津清にマージャン荘「富士」を経営させていたところ(昭和五九年頃からの経営者は杉田徳人)、昭和六〇年五月頃経営不振のために閉店したが、同年一二月二二日頃、昭和五九年頃から右マージャン荘に管理責任者として勤めていた抗告人三澤に右マージャン荘の賃借権を一五〇万円で売り渡し、抗告人三澤は、同月二五日以降佐久間房子から右建物を賃借して引き続き同所でマージャン荘「富士」を経営し、二年経過後に期間の更新を経て今日に至っていること、更に、本件(2)の建物は、昭和六〇年一二月一二日、抗告人津根が佐久間房子から賃借したこと、ただし、賃料については、近いうちに右建物及びその敷地を右抗告人が買い受ける予定であったため、売買契約成立の際にはその代金の一部に充てるものとして一〇〇万円が抗告人津根から佐久間房子及びその夫の佐久間精二に交付されていたが、その後右売買の話が取りやめになったところから、右金員は、一か月約一万円として計算された右賃貸借契約の賃料に充当することとされたこと、

以上のとおり認められる。

抗告人らは、先行事件である昭和五九年(ケ)第九九九号事件についての競売の申立ては取り下げられたから、抗告人らの本件(1)、(2)の建物についての占有は、昭和六一年(ケ)第六六四号事件の差押え登記の日である昭和六一年九月一八日の前からの正当な権原に基づくものであり、抗告人らは民事執行法八三条一項の「事件の記録上差押えの効力発生前から権原により占有している者」というべきである旨主張するところ、先に見たように、先行事件である昭和五九年(ケ)第九九九号事件について本件建物に関する競売の申立てが取り下げられたため、本件(1)、(2)の建物についての差押えの効力は、二重開始決定の差押え登記の日である(昭和六一年(ケ)第六六四号事件の差押え登記の日)昭和六一年九月一八日に発生したこととなり、抗告人らの本件(1)、(2)の建物についての占有は、右差押えの効力発生前からのものと認められるから、抗告人らは民事執行法八三条一項の「事件の記録上差押えの効力発生前から権原により占有している者」に当たるというべきである。もっとも、先に見た抗告人らの賃借権については、その態様等に徴すると、用益を目的とした本来のものと認めるにいささか疑念を抱かざるを得ないものもなくはないが、右認定の事実のみでは抗告人らの右賃借権がいわゆる濫用目的若しくは債権担保目的のものと断定することはできないのであって、抗告人らが前記二重開始決定の日の前から何らかの占有権原に基づいて本件(1)、(2)の建物を占有する者であることは否定し難いところであるから、抗告人らについては、同項所定の不動産引渡命令としての要件が充足されないものというほかはない。また、本件建物については昭和五九年一一月一三日付けで千葉東税務署による差押えの登記が経由されているから、抗告人らの右占有は右滞納処分による差押えの効力発生後のものであることは明らかであるが、国税徴収法による公売手続においては、競売手続における不動産引渡命令のような簡易な引渡制度は設けられておらず、滞納処分庁が差押えにより把握している交換価値は簡易な引渡しを前提とする価値であるとまでは認められないことに徴すると、不動産引渡命令発令の要件に関しては、先行する滞納処分による差押えを競売手続による差押えと同視することはできないから、滞納処分による差押え先行の事実は右の判断に消長を来すものではないというべきである。

よって、抗告人らに対して発せられた本件不動産引渡命令は失当であるから、これを取り消したうえ、本件(1)、(2)の建物の買受人からなされた右命令の申立てを棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 安達敬 裁判官 鈴木敏之 富田善範)

<以下省略>

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